古民家を解く。
日本のあちこちで、かつて暮らしを支えた古民家が静かに姿を消しています。
時代に置き去りにされ、朽ち果て、ただ廃材として処分される。
けれどそこには、人の営みの記憶と大地が育んだ素材の力が宿っています。
山翠舎は「古民家を解く」という眼差しで、その価値をほどき、未来へつなぐ道を探ります。
失われゆくものに抗い、眠る資源に光をあて、次代の文化と暮らしに活かしていく。
それが私たちの使命です。
こんにちは。代表の山上浩明です。
これまで山翠舎の公式サイトや会社案内、数々の取材などを通して、私たちの事業や取り組みについてお伝えしてまいりました。
しかし、私たちが日々どのような想いで古民家や古木に向き合い、どんな未来を目指しているのか。
その背景にあるストーリーや現場での哲学は、まだまだ十分にお伝えしきれていないと感じています。
そこで今回から、新たな発信のかたちとして、私の言葉で想いを綴るブログ連載
「山上コラム」をスタートすることにしました。
記念すべき第1回は、私たちが掲げている「古民家を解く。」というミッションについて、お話しさせてください。
「古民家を解く。」というミッション
私は子どもの頃から、大工さんたちに囲まれて育ちました。
父方の祖父は建具職人、母方の祖父は材木店を営んでいて、自宅の前には木工所がある。そんな環境です。
それでも父から「継いでほしい」と言われたことは一度もありませんでしたし、私自身も継ぐつもりはありませんでした。
大学では理工学部に進み、卒業後はソフトバンクで法人営業をしていました。
営業成績で社長賞をいただいたこともあります。
転機になったのは、部署異動などの環境の変化がきっかけでした。
「このままでは、父の代でこの会社は萎んでしまうかもしれない。それはもったいない」。
そう感じたとき、幼い頃からお世話になった職人さんたちの顔が浮かびました。
2004年、28歳のときに山翠舎に入社しました。
実は、一度目も二度目も父に断られていて、三度目でようやく認めてもらえたんです。
入社してから私が向き合い続けてきたのは、「父を超えたい」という思いでした。
同じことをしていても仕方がない。
東京・赤坂のほうとう専門店「ほうとう天地」。古木をふんだんに使用し『明治以前の豪農屋敷』をコンセプトとした施工事例。
当時、私たちは古材を使った店舗づくりを手がけていましたが、業界の常識は海外から古材を仕入れること。
でも一方で、日本国内では古民家がどんどん解体され、価値ある木材が捨てられている。
この現実を目の当たりにして、「自分に何かできることがあるのではないか」と考えるようになりました。
そこから、解体される古民家の梁や柱を買い取り、「古木」と名付けてブランディングし、再生する事業を立ち上げました。
私たちが手がけた、古木を活かした店舗やオフィス、宿泊施設はこれまでに600件以上にのぼります。
今、日本には約900万戸の空き家があると言われています。
そこには暮らしの記憶が刻まれ、高い価値が眠っているのに、
調査の手間や工事費への懸念から、なかなか手がつけられていません。
だから私たちは、古民家を自分たちで買い取り、次の使い手へとつなぐ役割を引き受けることにしました。
▼歴史文化の残る長野県小諸市の街並み
私たちが大切にしているのは、「解体」と「解く」はまったく違うということです。
社内では、こんな言葉で説明しています。
「山翠舎にとっての解体は、古木を取り出すだけの作業ではない。
家が抱えてきた時間と、人の記憶を引き受ける入口である。
作業が始まってからも、一本ごとに寸法を記録し、出自をラベル化して保管する。
効率を優先すれば失われる情報を、次の活用のために残すのである。
解体とは、終わりではない。
次の使い手へ時間を渡すための、最初の責任である」
一本一本の柱や梁に、それがどこで、いつ、どんな暮らしを支えてきたかを記録してから、初めて手を動かす。
この地道な作業の積み重ねこそが、私たちの言う「解く」ということなんです。
古民家をただ解体してしまえば、そこにあった時間は数時間でゼロになってしまいます。
私たちのミッションは、「古民家を解く。」こと。
古民家の価値を、構造・素材・歴史にわけて丁寧に分解し、未来につないでいく。
まずは、これから20年で1万戸の古民家を解くというチャレンジに挑んでいきます。
過去の掲載記事もあわせてご覧ください。