日な田

神保町の白山通りより少し入った路地にある『日な田』は、
大分と福岡の郷土料理を提供する居酒屋です。

店主自身の故郷である窯元の小鹿田焼き小石原焼きなどの民芸の器で料理が提供されます。
生まれ育った場所の食べ物や文化は、お客様にとても説得力のあるものと思われます。
お店がすこしわかりづらい場所のため、店内が伺えるように格子をあしらった全面ガラスにしています。

店内のイメージは郷土色の強い民芸調ではなく木の素材感を感じてもらえるようなシンプルな構成にしました。
カウンター上部の梁は100年以上前のちょうな跡がある古木で圧巻です。
本物の素材の中で食べる料理はより一層おいしく感じられると思いますので、是非ご体験を!

竣工:2020年03月
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日な田
住所
東京都千代田区神田神保町2-28
竣工日
2020年03月 開店
坪数
7坪
施工前と施工後
お店の紹介
日な田 オーナーシェフ日矢川さん(大分県日田市出身)インタビュー

料理人でオーナーの日矢川さんは、大分県日田市生まれの福岡育ち。日矢川という名字は全国で15人ほどしかおらず、その全員が、故郷日田市をルーツに持つといいます。
そんな自身のルーツを自らの店でアウトプットしていきたいと立ち上げたのが、九州郷土料理のお店「日な田」です。食材は、故郷の顔の見える生産者さんから仕入れたお米、ジビエ椎茸などを使います。
オープンを目前に控えた2020年3月19日に、ここまでの経緯やお店への思いなどを伺ってきました。
(2020年3月19日 取材)

— どんなコンセプトのお店ですか?

わたし自身が大分と福岡の出身でして、その2県に絞った郷土料理っていうコンセプトですね。郷土料理といいながら食材は別の産地でっていうお店も多いと思うんですけど、うちは食材も九州にこだわろうと思っていまして、お米も大分の日田で作っているもの、椎茸、ジビエも九州のもの。向こうでは有名なゴマだれの鯛茶漬けですとか、卵黄と甘辛ダレをからめた「りゅうきゅう」っていう海鮮丼があるんですけど、そういうものを出していこうと思ってます。

— 日矢川さんはどういった経緯で、これまで飲食の道を進まれてきたんですか?

学生時代に福岡の料亭でアルバイトしまして。それがきっかけで料理の道を目指そうと思って、短大卒業と同時に22歳のときに上京して、個人経営の和食居酒屋で社員になりました。そのあと、広く視野を持ちたいなっていうことで割烹だったり、大衆居酒屋だったりとかを転々として。

最初は料理を勉強したくて始めたんですけど、ある程度お給料をいただくようになった25歳ごろからですかね、食べ歩きっていうのを欠かさずするようになって。そしたら、働いている側から見えているものとお客さん側から見えてるものとが全然違うなっていうことに気づきまして。

外食をしながら勉強できることがかなりあるなと思って、そこからは必ず休みの日は一人で外食して写真を撮って、レポートまとめてっていうのをやってました。

— 自分用のレポートを作成してたんですか?

そうなんです。お店の人には「ただの個人の趣味で、食べログとかに上げないので、写真撮らせてください」って言って、使ってる食材、ドレッシング、きっと何が入ってるだろうとか、器とかも。あとはまあ、オープンキッチンだと作り方もわかるので、たぶんこういうふうに仕込みをしているんだろうなとか、そういうことを書いて全部まとめてました。

— 面白いですね。

そうやって食べ歩きをしているうちに、料理のクオリティっていうのはある程度のラインを超えていたらそれ以上はそこまで大事じゃないな、やっぱりお店の雰囲気だったり店主の人柄だったり、っていうことに気づいて。

それで、もっとお客さんとコミュニケーションを持てる大衆酒場のような環境に飛び込んで修行して。次は数字をおぼえたいなと思って店舗展開してるところに飛び込んで数値管理を勉強したり。ほかにもワインに興味が出たらワインをやっている店に飛び込んだりとか。

そうやって転々としながら、いろいろ自分に足りないものを補っていった感じですね。

— そうやっていろいろ吸収した結果、最終的にはなぜ自分の故郷の料理をやりたいと思ったんですか?

父も母も大分の日田出身で。自分の血が純度100%で日田なのかなと。自分の名字も日矢川っていうんですけど、全国で15人くらいしかいないんです。それも全員、日田の出で、親戚なんですね。

それで、30歳を超えたあたりで、料理をやる上で自分のルーツとかストーリーっていうのがすごい大事だなっていうのを思うようになって。で、自分のストーリーってなんだろうって思ったら、そういう日田の出だっていうのは大きなアイデンティティだなと思って。

あと単純に、祖父母が米を作ってて、その米を食べて僕自身、大きくなったんですよね。祖父母の家は日田の山奥にある築200年の家なんですけど、米と椎茸と野菜、自給自足でずっと先祖代々やってきたんです。やっぱりそういう自分が口にしてきたもの、生い立ちっていうのを大事にしたくて、そこを打ち出していきたいんですよね。

— そのお店づくりをするにあたって、山翠舎を選んだきっかけというのは何だったのでしょうか?

飲み歩きするなかで「この店、いいなあ」と思うと調べるじゃないですか。そしたら、山翠舎様がつくった店だったっていう割合がものすごく多かったんです。三軒茶屋の「鈴しろ」さんですとか、荻窪の「煮込みや まる。」さんとか。

そうやって手がけられてるお店をいくつか見るなかで、古木ですとか、木の素材っていうのを大切にされているから、わたしがやりたい郷土料理っていうのとマッチしてる感じがしたんです。

ちょうど日田の街並みが、こういう(「日な田」のデザインと似た)町家みたいな雰囲気の入口がズラーって建ち並んでるんです。だから仕上がりを見たときに、日田の町並みにポツンとあるようなお店っていう感じがして、すごい満足でしたね。

— 内装ではこだわったポイント、気に入ってるポイントはどこですか?

やっぱりこの上の(梁のように架かっている)古木ですね。ほんとにいいものを取り寄せていただいて。

あと、(デザイナーの)小林さんにご提案いただいた和紙の壁の部分。ほかの壁とここも同じ素材に合わせた方がもちろん安いんですけど、「ただこういうのが一つあるだけでアクセントになるし、表から見たときにインパクトになりますよ」っていうことで、そうしてもらったんですけど、すごく気に入ってます。

— なぜここ神保町を選んだのでしょうか?

福岡で福岡の料理、大分で大分の料理をやってもなあと思って。やっぱり伝えていきたいっていう思いがあって。知ってる人に知ってることを伝えるよりは、東京で「九州ってそうなんだね」って仰っていただける場をつくりたいなと思ったので。

ただその東京の中でも神保町が、っていうわけではなくて。都内全域で物件を探しました。共通していたのはサラリーマンの方、年齢層が高めの方をターゲットにしたかったので、市ヶ谷とか日本橋とかここ神保町とかに絞って探してはいましたね。結果、神保町でこの物件がポンと出たということですね。

— これからどんな店にしていきたいですか?

気軽に立ち寄れる、肩肘張らないお店にしたいですね。

あくまで食材やここで働く子たちが主役であって、僕はその美味しい食材に対して最低限の味付けをする。で、その素材を味わってもらう。ある意味、自分がいちばん脇役になって、みんながほっこりと楽しめる時間を提供できたらと思ってます。

で、これは欲ですけど、僕の郷土に触れることで、自分たちにも田舎があったなあっていう、そんな懐かしい気持ちになってくれるようなお店にしたいです。

— 今日はありがとうございました。

▼古木情報
カウンター上部の交差した梁は松本市内の弊社の同業が廃業する際に譲り受けた古材梁、推定100年以上のもの。美しい曲線と木目がデザイナーの目にとまり選定されました。<松> 外部の柱は長野県大町市平地区の古木柱<栂>
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